訴訟をしない勇気 _1005


法律ノート 第1005回 弁護士 鈴木淳司
May 01, 2016




 

日本ではGW真っ盛りでしょうか。私も日本とのメールのやり取りが少なくて助かる季節ではあります。梅雨や夏に向けて日本の方々はリフレッシュされてください。

今回は、一回皆さんからいただいている質問にお答えするのは休ませていただき、ある嬉しい電話があったことについて書かせてください。

 

訴訟をしない勇気

法廷弁護士の仕事というのは、もちろん訴訟をすることです。私も20年間色々な訴訟に関わって経験値を上げてきたと思っています。

訴訟というのは、企業の事件であっても感情論になることがありますが、個人の事件であれば、それは感情が先行する場合も少なくありません。もちろん、不利益を被っているのであれば訴訟という制度が救済を受けるための最後の拠り所になることは疑義を挟む余地はないわけです。

しかし、訴訟をするということは、当事者にも弁護士にもかなりのエネルギーの消費をもたらします。労力だけではなく、時間もお金もかかる制度であります。

弁護士になるまでは、訴訟というのは、ここまで大変だとは思ったことがありませんでした。
教科書で法律を勉強したからといって理解できるものではありません。訴訟というのは、人と人とがぶつかり、そして人が判断する制度ですから、単純に判例を読んでいったからといって、同じような事件が同じように解決するわけでもありません。一つ一つの事件は違うし、登場人物も違うからです。

経験の浅い弁護士はすぐに訴訟を提起して解決しようとします。
当事者に乗せられているのかもしれませんし、自分のエゴもあるのかもしれません。事務所によっては、事務所の収入に目をつけて訴訟を提起するところもあります。

 

しかし、経験を積むに連れて、訴訟で物事を解決するということは人間の問題解決の一部でしかない、ということが良くわかってきました。訴訟というのは、人生における非常手段でしかありません。そして、その非常手段を選んでも、なお解決しない問題や、心の傷が癒えないという場合もあります。したがって、優れた法廷弁護というのは、訴訟を提起する前に事案に対して吟味に吟味を重ねるだけではなく、当事者である人や企業の利益を、短期的な訴訟の結果を予測するだけではなく、長い目で見てプラスになるかどうかを見極めることです。

これができるようになるには、様々な事例を見るだけではなく、様々な人生から、考え方を学び取っていかなければならないはずです。よく若い弁護士が、どうやったらクライアントに信頼される弁護士になれるか、と私に質問するのですが、質問の前提として弁護士というのは、法律論で優れているだけではなく、人を知ることでも優れている必要があることを説きます。

10年後にどうなっているのかをある程度予想しながら事件と付き合っていかなければならないのです。

 

さて、私が所属する事務所にいたアシスタントは、ある自営業を立ち上げるために、南カリフォルニアに夫婦で引っ越しました。事務所を辞めたあとでも仲良くしているため、時折連絡をくれたり、会ったりします。数年前に第一子を授かり、スクスクと育っているようでした。そして待望の第二子をみごもったということで、連絡をくれました。賑やかになるけど、大変だね、などと話をしていました。

ところが、この第二子の健康に何も問題はなかったのですが、胎児の状態で子宮内死産となりました。このタイミングが羊水検査の直後ということで、羊水検査に医療過誤があったのではないか、という話になったわけです。羊水検査に使用する針は太いですし、検査もセンシティブです。可能性として、医療過誤は疑われるわけです。その連絡を受けたときに、私も色々考えましたが、「もう一回元気な子供を授かるように夫婦でがんばりな」と言い、死産に関しての訴訟については「忘れろ」と言い添えました。

医療過誤を争い裁判は、かなり時間も費用もかかり、そして感情的にもすり減ります。また勝訴しても、子供は戻ってきません。訴訟というのは過去を反芻するものがほとんどなので、悲しい思い出を蒸し返すと家族の絆にも影響します。若い夫婦二人でがんばって自営業をやっているのですから、後ろ向きな訴訟に足を突っ込むよりは、前を向いて走っていく方が良いと私は考えていました。この夫婦も訴訟について話し合ったようですが、最終的に気持ちに折り合いをつけて訴訟提起は見送られました。

 

時が経ちました。
先週、思いがけなくこの元アシスタントから電話があり、元気な男の赤ちゃんが生まれたという報告がありました。子供が二人になり忙しく、親族も応援に来ていて賑やかにしているようでした。仕事も順調なようでした。私にとってもとにかく嬉しいニュースでした。子供の名前は「幸せを志してほしい」という願いから命名したそうです。
訴訟で勝つより、このようなニュースを聞いた方が私は嬉しいと思っているのです。




 

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